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橋下徹氏の実父と叔父が暴力団組員だった等と報じた月刊誌「新潮45」の記事が名誉毀損及びプライバシー侵害にあたるとして橋下氏が新潮社らを訴えていた件で、最高裁が上告不受理を決定したようだ。

民事訴訟法上の権利として上告できる「上告理由」はきわめて限定されており、この上告理由にあたらないとき、最高裁は上告を門前払いできる。

上告理由がない場合でも、重要な法的論点を含む事案で最高裁が法的判断を示す必要があるときに、最高裁の裁量で上告を受理できる「上告受理申立」という制度はある。

しかし話題の件は、上告理由もなく、かつ上告受理の必要も認められないということで、上告は門前払いしたわけだ。

ネット上で、「最高裁が出自差別を認めた」などと述べていた人が散見されたが、本件について最高裁は何ら実質的判断をしていないので注意。論評するなら地裁と高裁の判断がその対象となる。

以下、裁判を要約した上で簡単に私見も述べることとするが、前提として法律の解説もざっくりしておく。*1*2

1.名誉毀損はどんな場合に成立し、どんな場合に成立しないか

1-1. 名誉毀損=人の社会的評価を低下させる言説

民法上の名誉毀損は、ざっくり言うと、人の社会的評価を低下させるような言説を公にすることによって成立する。事実の摘示による場合と論評による場合がある。摘示した事実が真実であっても成立するのが原則。*3

名誉毀損は不法行為(民法709条)だから、被害者は損害賠償を請求できる。また、謝罪広告などの名誉回復処分を請求することもできる(民法723条)。

1-2. 名誉を毀損しても違法性がなくなる場合がある

名誉を毀損する言説を公にしても、

①摘示した事実が公共の利害に関する事実であること

②もっぱら公益を図る目的によること

③摘示された事実が真実であるか、または真実と信じたことに相当の理由があること

の3つの要件を全てみたす場合には、違法性がなくなり(専門用語で「違法性が阻却される」という。)、不法行為は成立しないというのが確定した最高裁判例だ。*4

名誉の保護も必要だが、名誉毀損による損害賠償や名誉回復の請求を安易に認めると、表現の自由を著しく制約することになってしまう。

そこで最高裁は違法性阻却を認めることにより、名誉の保護と表現の自由の調整をはかっている。

1-3. 政治家についての言論なら「公共の利害」や「公益目的」は通常認められる

前記の違法阻却の要件のうち、①摘示した事実が公共の利害に関すること、②もっぱら公益目的によることの2つは、対象者が公人であるかどうかで認められやすさが異なる。

公人である場合には、公共の利害に関することや公益目的であることが認められやすい。

特に、民選の議員や知事などの政治家は公人の最たるものと考えられており、政治家が原告となる名誉毀損訴訟で「公共の利害」や「公益目的」が否定されることは通常ない。

よって、実質的な争点は③真実性・真実相当性のみになることが多い。*5

このような裁判所の姿勢は基本的に支持できる。

なぜなら、どんな政治家を選ぶかを決めるのは市民だ。

ゴシップ的な事柄が政治家の当落を左右することについて私は個人的には好ましいと思わないが、代議制民主主義の下ではどんな材料で政治家を評価するかも市民に委ねられていると考えるほかないだろう。

そうであれば、知る権利の観点から、政治家については私事でも暴き立てる自由を極力尊重すべきだと考えざるを得ないからだ。

もっとも、本人の下半身スキャンダルとかならともかく、親がヤクザだとか被差別部落出身だとかの出自を暴き立てることには抵抗を感じる人が多いだろう。私もそういう報道に賛成か反対かといえば明確に反対だ。

しかし、いくら批判されるべき言論だとしても、法的制裁をもって国家権力がこれを禁圧することまで認めるべきか。それが問題だ。

2. 橋下氏 vs 新潮社の裁判の解説

2-1. 事実関係

  • 新潮社発行の月刊誌「新潮45」が、平成23年10月18日に発行した同誌11月号に、「特集『最も危険な政治家』 橋下徹研究 孤独なポピュリストの原点」と題した特集記事を掲載した。
  • 同記事には、①橋下氏の父親が暴力団の組員であった事実、②橋本氏の叔父が暴力団の組員であった事実が摘示されていた。
  • 橋下氏は、上記①及び②について名誉毀損を主張し、新潮社を被告として損害賠償請求の訴えを提起した。

2-2. 裁判の結果

大阪地裁:請求棄却(橋下氏敗訴)

大阪高裁:控訴棄却(橋下氏敗訴)

上告も不受理で高裁判決が確定。

2-3. 大阪地裁判決の解説*6

2-3-1. 橋下氏の父親が暴力団の組員であった事実を摘示した部分について

2-3-1-1. 名誉毀損にあたるか

(裁判所の判断)

大阪地裁は、要旨、父親が暴力団組員であった旨の事実の摘示は、橋下氏の社会的評価を低下させるから、橋下氏の名誉を毀損するものであると認定した。

(寸評)

この判断は当然であろう。

2-3-1-2. 違法性が阻却されるか

「新潮45」の記事は名誉毀損と認定されたから原則的には不法行為となるが、先に述べたとおり、同誌が摘示した事実が①公共の利害に関する事実であり、②もっぱら公益目的により、かつ③真実または真実と信じたことに相当の理由がある場合は違法性が阻却され不法行為は成立しない。

2-3-1-2-1. 公共の利害に関する事実か

(裁判所の判断)

大阪地裁は、結論として、橋下氏の父親が暴力団組員だった事実も「公共の利害に関する事実」にあたると認めた。

要旨、以下のような理由付けがなされている。

  • 公務員である政治家は全体の奉仕者であり、これを選定・罷免することは国民固有の権利だから(憲法15条)、政治家の適性・能力・資質を判断することに資する事実は、公共の利害に関する事実にあたる。
  • 政治家の適性等はその人物像を含む幅広い事情から判断されるべきものだから、政治家の人格形成に影響を及ぼしうる事実は、政治家の人物像を明らかにするための事実として、公共の利害に関する事実にあたる。
  • 橋下氏の父が6歳頃までは橋下氏と同居し、日常的に橋下氏の世話をするなど父親として橋下氏の養育に関与していたこと等の事情から、父親が暴力団組員であったことは橋下氏の人格形成に影響を及ぼしうる事実である。

(寸評)

判決は、憲法上の権利としての公務員選定・罷免権に言及しつつ、「政治家の人格形成に影響を及ぼしうる事実は公共の利害に関する事実にあたる」という一般論を立てた。

この一般論に照らせば、親がどのような人物であったかは個人の人格形成に影響すると広く考えられているから、親が暴力団組員だった旨の摘示も「公共の利害に関する事実」にあたるといわざるを得ないだろう。

裁判における判断のロジックは、まず一般的な規範を立て、個別の事案がこれに当てはまるかどうかを検討するという理路をとる。

「政治家の人格形成に影響を及ぼしうる事実は公共の利害に関する事実にあたる」という規範は妥当だろう。そして、この規範に「父親が暴力団組員であった事実」が当てはまるのも疑いがないだろう。

そうすると、判決が「公共の利害」性を肯定したのは妥当な判断ということになろう。

2-3-1-2-2. 公益目的か

(裁判所の判断)

大阪地裁は、一般論として

政治家の適性等を判断することに資する事実は,公共の利害に関する事実に当たると認められるから,そのような事実を提供する目的でされた事実の摘示については公益目的が認められるというべきである。

と述べた上で、

(新潮社らは)原告の人物像,人間性に影響を与えた事実を明らかにすることで,原告の政治家としての適性等を判断することに資する資料を読者に提供しようという意図・目的で本件記事の執筆等を行(った)

と認定し、公益目的を肯定した。

(寸評)

 先に公共利害性を肯定した以上、公益目的も肯定されたことは当然であろう。

2-3-1-2-3. 真実か。または真実と信じたことに相当の理由があったか

(裁判所の判断)

橋下氏の父が暴力団組員であった事実は真実であると認定した。また、仮に真実でなかったとしても、新潮社が複数の関係者の供述を取るなどの裏付け取材を行っていることから、真実と信じたことについて相当の理由があるとした。

2-3-2. 橋下氏の叔父が暴力団の組員であった事実を摘示した部分について

(裁判所の判断)

裁判所は、叔父が暴力団の組員であった事実も社会的評価を低下させるから橋下氏の名誉を毀損するとした上で、

  • 橋下氏の知事就任後に叔父がパーティー券の購入という形で100万円の政治資金を提供していること
  • 大阪府議会において,叔父が関係する企業による大阪府の公共事業の受注に関し,橋下氏と叔父の関係が取り上げられていること
  • 叔父が大阪府内の自治体の複数の首長選挙に関与し,橋下氏が代表を務める政党に協力を依頼したことがあること

などを認定して、①公共利害性、②公益目的、③真実性または真実相当性のいずれも認められるとし、不法行為は成立しないとした。

(寸評)

この判断は当然であろう。単なる血族であるということではなく、政治家になった後も関係を有していたことが認定されているから、父親の件よりも「公共の利害」や「公益目的」はすんなり認められる。

2-4.大阪高裁判決の解説*7

多少理由付けが補足されてはいるが、大阪高裁も、ほぼ全面的に地裁判決を踏襲して控訴を棄却した。

3.まとめ

地裁・高裁ともに、政治家に対する言論は原則として「公共の利害に関する事実」にあたるし「公益目的」も認められるという従来の裁判例の趨勢に沿った判断をしたといえる。

基本的には妥当な方向性だと思うが、「さすがにこれはアウト」となる限界をどこに引くかはなかなか難しい。

例えば、もしも将来、カミングアウトしていない同性愛者である政治家の性的指向を暴露する記事が出たら、裁判所はどう判断するだろうか。

なお、橋下氏対新潮社の名誉毀損裁判は、本稿で紹介した「新潮45」に関するもののほか、「週刊新潮」の記事に関するものもある。

「週刊新潮」の記事では、橋下氏の父が暴力団組員であったという事実に加え、橋下氏の従兄弟が犯罪により服役したという事実も摘示されている*8

そして、この親族は、橋下氏が弁護士になるまで一度も会ったことがなく、初対面後も特段の交流はなかったと認定されている。このような事実関係の下、大阪高裁は、

仮に★が被控訴人*9の従兄弟であるとしても、一般的には、同居するような関係にあるわけではなく、実際にも、被控訴人は★と何ら接点を持つことなく成人しており、初対面の後も特段の交流はないというのであるから、★という人物の存在や行動が、被控訴人の人格形成に何らかの影響を及ぼしているとか、被控訴人の政治家あるいは公選候補者としての資質や適性を考える上で参考になると考えることは困難である。*10

として、このような事実の摘示は「公共の利害に関する事実」の摘示にあたらないと判断した。(結論としても損害賠償請求を一部認めた。)

いくら政治家であっても、成人するまで一度も会ったことがなく、初対面の後も交流がない親族の行状まで暴かれ、適性等の判断の資料にされるいわれはないと考えられるから、これはこれで妥当な判断であろう。

弁護士 三浦 義隆

おおたかの森法律事務所

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