1. やりたくない事件には「抑制的」な警察
少し前の話だが、政治学者の三浦瑠麗氏が、共謀罪関連のコメントで
「日本の警察がいかに抑制的か知らず、法案の字面だけ読んで「大変な事態になる」と反応しているのでしょう。」
と述べて、困惑や嘲笑などの様々な反応を引き起こした。
そのとき私はこういう感想をツイートしたし、これに付け加えることは特にない。
三浦瑠麗氏、国際政治学者だから、日本の警察が抑制的かどうかという話については、端的に言って素人じゃん。んで、素人のくせに口出したから案の定間違ってるじゃん。共謀罪関連の主張全体はそんなにおかしなこと言ってないだけに、なぜそんな余計な知ったかぶりしちゃったの?という感じ。
— ystk (@lawkus) 2017年6月7日
私が道交法違反をしていないのに切符を切られそうになった件を書いた前々回エントリからも明らかなように、日本の警察が一般的に抑制的とはとうてい言えない。
しかし、警察は、面倒くさいからやりたくない事件についてはきわめて抑制的だ。
警察は、被害者が民事でなく純然たる刑事の訴えをしていても、やりたくない事件だと「民事不介入」などと言って門前払いしようとするのが常であることも以前のエントリで書いた。
被害者は素人なのでよくわからないから、嘘でも「民事不介入」などと言われれば大半はそういうものかと思ってすごすご引き下がるだろう。一件落着である(警察的には)。
特に詐欺事犯などでは警察の怠慢は著しい。*1弁護士をやっていると、詐欺被害者からの相談を受けることがよくある。民事でお金を取り返す交渉や裁判をするとともに、刑事でも立件してもらいたいと思って警察に持ち込むが、詐欺罪成立は明らかなのに頑として何もしてくれないということが多い。詐欺罪は立証が面倒くさいからであろう。
「こんなつまらんことで逮捕するのかよ」という案件と、「こんなにひどい犯罪を野放しにするのかよ」という案件をかわるがわる目の当たりにして、警察の恣意性を思い知らされるのが弁護士という稼業だ。なかなか楽しい仕事である。
2. 警察を動かしたいときどうするか
2-1.告訴と被害届
しかし、働きかけかたによっては警察を動かせる場合もある。
警察に働きかけて捜査をしてもらう業務というのは割とよくある仕事だし、経験上、そこそこの確率で捜査をしてもらえている。
被害者が捜査機関に捜査を求める方法の代表的なものは告訴だ。一見似たようなものとして被害届というのもある。
ここで告訴と被害届の定義を確認してみよう。
- 告訴とは、犯罪の被害者等が捜査機関に犯罪事実を申告して訴追を求める意思表示である。*2
- 被害届とは、犯罪の被害者等が被害にあった事実を捜査機関に申告する届出である。
刑事訴訟法
第230条 犯罪により害を被つた者は、告訴をすることができる。
第231条 被害者の法定代理人は、独立して告訴をすることができる。
○2 被害者が死亡したときは、その配偶者、直系の親族又は兄弟姉妹は、告訴をすることができる。但し、被害者の明示した意思に反することはできない。
第232条 被害者の法定代理人が被疑者であるとき、被疑者の配偶者であるとき、又は被疑者の四親等内の血族若しくは三親等内の姻族であるときは、被害者の親族は、独立して告訴をすることができる。
両者の重要な違いは、被害届は単なる事実の報告であるのに対して、告訴は訴追を求める意思表示であるということだ。告訴をよりわかりやすく言い換えるなら、「訴追請求」と呼ぶことができるだろう。
2-2. 告訴を受理すると捜査をする義務が生じる
告訴が訴追を求める意思表示であることから、刑事訴訟法上、告訴によっていろいろな法的効果が発生することになっている。
- 警察は、告訴を受理したら速やかにこれに関する書類・証拠物を検察官に送付しなければならない。(刑事訴訟法242条)
- 検察官は、告訴を受けた事件について起訴・不起訴の処分をしたときは、速やかに処分結果を告訴人に通知しなければならない。(同法260条)
- 検察官は、告訴を受けた事件について不起訴処分をした場合において、告訴人から請求を受けたときは、速やかに不起訴の理由を通知しなければならない。(同法261条)
要するに、捜査機関は、告訴を受けたら捜査をして処分を決定し、告訴人に通知する義務を負う。「告訴は受けたけど何もしません」というのは、法律上できないことになっている。
2-3. 警察は告訴状の受理を嫌う
告訴を受けると捜査する義務が生じる。では警察は、やりたくないのに告訴人が来たらどうするか。
告訴を受理しないのである。
しかしそんなことが許されるのだろうか。
捜査機関が告訴受理を拒絶できる法律上の根拠は何もないから、適法な告訴である限り拒絶はできないと一般に解されている。
この点につき東京高判昭和56・5・20判タ464号103頁は、
告訴は、犯罪の被害者が検察官または司法警察員に対し犯罪事実を申告して犯人の処罰を求める意思表示であるから、いまだ犯罪事実とはいいがたいような事実の申告があつた場合には、これを告訴として取り扱わなければならないものではない。
と判示した上で、原告の「告訴」は犯罪事実の申告ではなかったから告訴として取り扱わなくても違法ではないとして国家賠償請求を棄却した。結論こそ棄却だったが、この判決も、適法な告訴であれば受理しなければならないことを論理的前提としていると考えられる。
また、犯罪捜査規範にもちゃんと規定があって、告訴は受理しなければならないと明記されている。
(告訴、告発および自首の受理)
第63条 司法警察員たる警察官は、告訴、告発または自首をする者があつたときは、管轄区域内の事件であるかどうかを問わず、この節に定めるところにより、これを受理しなければならない。
2 司法巡査たる警察官は、告訴、告発または自首をする者があつたときは、直ちに、これを司法警察員たる警察官に移さなければならない。
なのに警察は告訴を受理したがらない。受理すると上述の義務が生じるので、面倒くさいからである。*3
「警察が被害届を受理してくれない」という話も聞いたことがある人が多いと思う。
犯罪捜査規範上、受理しなければならないことになっているのは被害届も同様だ。*4しかも被害届は、告訴のように捜査機関に義務を追わせる法的効果があるわけではないから、気軽に受理しても差し支えなさそうにも思える。
しかし被害届の受理ですらしばしば渋るのが警察だ。より強い効果を持つ告訴の受理は、より強く嫌うわけである。
犯罪と告訴とどっちが嫌いかといったら、警察官はおそらく告訴の方が嫌いなのではないかと思う。
2-4. 弁護士が警察に捜査を求める場合どうするか
では、弁護士が犯罪被害者からの相談を受け、警察に捜査をしてもらいたい場合どうするか。
告訴状を出すのである。
警察は告訴状の受理を非常に嫌うが、究極的には(法的には)拒めないことはさすがにわかっている。
だから、法律家としては、被疑者の行為が犯罪構成要件を満たすことを説得的に記述した、ビシっとした告訴状を書いて、「これは犯罪事実の申告にはあたらないから告訴として取り扱いません」という逃げ道を塞いでやればよい。
そういった告訴状を持って、告訴人を同行して警察署に行くと、さすがに警察官も素直に受け取る。
と常識人なら思うだろうが、なんとそれでも受け取らないのである。警察は常識の通用する機関ではない。
「この、告訴状と書いてありますけど、これはひとまず、事実上、コピーだけ頂いて参考にさせていただきますので」
とか言って抵抗することが多い。
「告訴状の受理を拒絶されるということでよろしいですか。では警察署長宛に内容証明でお送りするしかないですね」
と言うと警察官は慌てる。しかし、私の場合は、その場で警察官と交渉した結果、きちんと捜査をしてくれる、進捗報告もしてくれるという内々の約束を得て、告訴状提出の強行はいったん引っ込め、コピーだけ取ってもらって帰ることが多い。
別にこちらの目的は、告訴状を受理してもらうことではない。捜査をしてもらうことが目的だから、捜査をしてくれる目処さえ立てば告訴状はどうでもよいわけである。きちんとやってくれなかったら、そのとき初めて内容証明で告訴状を出してもよい。
このように、告訴は法と実際上の運用の乖離が著しい分野で、一筋縄ではいかない。
素人だと舐められるので、告訴をしたいときは弁護士に頼んだ方がいいと思う。
弁護士 三浦 義隆
おおたかの森法律事務所