労働審判,特に不当解雇事案で,調停(和解の一種です)を成立させる場合の解決金には「相場」がある,という話があります。
一般的に,裁判所が解雇を無効と判断した場合で賃金4か月分~6か月分程度が相場である,というようなことが言われています。
私自身,労働審判の場で,裁判官から,「まあ訴訟ならともかく,労働審判ですし」というようなことを言われ,こちらの要求に難色を示された経験も何度もあります。
しかし,私としては,迅速な解決を旨とする労働審判手続を選んだ以上は一定の譲歩はやむを得ないと考えているものの,「相場だから」と安易に低い解決水準を受け入れることは,厳に慎むべきだと考えています。
労働審判というのは,単なる話し合いの場ではありません。
労働審判は,両当事者が主張立証をし,労働審判委員会が証拠に基づいて事実を認定するという訴訟に類似した手続を経た上で,「当事者間の権利関係を踏まえ」(労働審判法1条)た解決を図る手続ということになっています。
具体的に言うと,労働審判では,まず労働審判委員会が当事者の主張立証に基づいて事実を認定し,認定した事実に基づいて当事者の権利関係(例えば,「解雇が有効か無効か」)を判断してしまいます。
要するに,訴訟の勝ち負けを決めるのに似たことをやるわけです。
しかも,同委員会は,その判断した権利関係(勝ち負けの結果)の見通しを,両当事者に開示します。その上で調停の話し合いに入ります。
つまり,負ける側は,事実上「調停を拒んでもあんた負けるよ」と宣告された状態で調停の話し合いをすることになるわけですね。
しかも,労働審判委員会には裁判官が入っていることから,仮に当事者が労働審判を不服として訴訟にまで持ち込んだところで,事実上,訴訟でも労働審判と同様の判断がなされる可能性が高いということになります。
その上,訴訟に移行した場合には,解雇事案なら未払賃金が更に増えて行くし,未払残業代なら付加金がついて最大2倍になる場合もあります。
このように,負ける側から見ると,突っ張って訴訟までやっても傷口を広げるだけとわかっている場合が多いから,観念して調停に応じるのが合理的であるということになります。
このような仕組みになっていることが,労働審判手続において調停成立率がきわめて高い理由です。
さて,負ける側にとって調停に応じるのが合理的な理由を述べましたが,反対に勝つ側にとってはどうでしょうか。
以上の記述は全てそのまま,勝つ側にとっては,「調停するとしても解決金の水準において安易に妥協することは合理的でない」ということの理由になるはずです。
そのため,私は,明らかに勝ち筋の事件であるのに低額の解決金を提示された場合は,
「全く妥協しないと言っているわけではありませんが,本件では訴訟になっても負けるとは考えられません。本件の事情で解雇有効と判断する裁判官は通常いないはずです。相手方としても,訴訟まで行って得なことは何もないと思います。ですから,最低●か月分はもらわなければ調停には応じられません」
などと言って増額を要求します。
増額要求と言っても単にゴネるのではなく,調停が成立しなかった場合の見通しを示して(法律家同士なので,この見通しは裁判官も相手方代理人弁護士も多くの場合一致している),合理的な解決を提案するわけなので,こうしてきちんと主張すれば,ある程度の増額は勝ち取れる場合が多いです。
きちんと主張すべきことを主張して,訴訟した場合の見通しに照らしても納得できるという水準の解決になるなら調停すれば良いし,ならないなら蹴って訴訟すれば良い。
せっかく労働審判手続が,事実認定を経て権利関係を踏まえた解決をする制度として設計されているのですから,制度利用者たる代理人弁護士としては,安易に「相場」に乗っかることなく,このように訴訟も視野に入れて解決水準を模索するのが,制度の趣旨にもかなうし依頼者の利益にも資すると考えています。