1. 高須院長は蓮舫氏と大西氏の欠席にご不満の様子
高須クリニック院長の高須克弥氏が、蓮舫議員と大西健介議員を被告として、名誉毀損による損害賠償を請求している民事訴訟の第1階口頭弁論が開かれたようだ。
被告は出廷していません。被告らなるものは代理人の弁護士です。いかなる反証もなされておりません。
嘘つき❗民進党🔥高須クリニック名誉毀損訴訟で民進党「勝訴の判決を確信」 https://t.co/nJvXXXAgD4 @Sankei_newsから
— 高須克弥 (@katsuyatakasu) 2017年7月24日
僕の意見陳述の後、次回の公判期日が決められただけです。
— 高須克弥 (@katsuyatakasu) 2017年7月24日
僕の意見陳述だけで初戦は終了しています。
詳細な反論どころか被告人弁護士の主張はなんにも聞いていません。
民進党のコメントなるものは誰が出したものですか?
これ嘘ですよhttps://t.co/nJvXXXAgD4
原告側は高須氏本人が出廷して意見陳述をしたようだ。
これに対し、被告側は代理人弁護士のみの出廷となり、蓮舫氏と大西氏は欠席したらしい。
この欠席について高須氏はご不満のようで、ネット上にも蓮舫氏と大西氏の欠席を非難する声が散見される。
2. 民事訴訟に当事者が欠席するのはむしろ通常の事態
高須氏はお気に召さないようだが、双方代理人がついている民事訴訟の口頭弁論期日や弁論準備期日に当事者本人が出廷しないのは、以下のような理由からむしろ通常の事態だ。
2-1. 代理人が出廷すれば本人の出廷は必要ない
2-1-1. 法律上、代理人に加えて本人が出頭する義務はない
民事訴訟法上、訴訟代理人は委任を受けた事件について包括的な代理権を有するものとされている。*1法廷への出頭も当然この代理権の中に含まれる。
したがって、当事者本人が出頭することは法律上要求されていない。*2
2-1-2. 民事訴訟は書面中心のターン制なので、実際上も出頭の必要はない
法律上の出頭義務がないことは先に述べたが、実際上も、尋問期日でもないのに代理人弁護士に加えて当事者本人が出頭することはあまりない。
もちろん本人も出頭する権利はあるが、実際のところ出頭しないのが通常となっている。
その理由は簡単。ほとんどの場合、出頭しても意味がないからだ。
民事訴訟の流れを、一般の方にもわかりやすくざっくり言うと、「事前に提出する書面中心のターン制」となっている。訴訟提起の段階から流れを追っていくと、概ね以下のように進む。
- 原告が訴状を裁判所に提出して訴訟を提起する。第1回口頭弁論期日が指定される。
- 訴状が被告に送達される。被告は第1回口頭弁論期日前に「答弁書」を提出する必要がある。ただし被告側には時間的余裕がないことが多いので、「答弁書」には形式的な答弁だけ記載しておき、詳細な反論は次回以降とすることも多い。
- 第1回期日では、訴状と答弁書が陳述される。ただし、「陳述」とは形式的なもので、事前に出しておいた書面を「陳述します」と述べるだけ。実際に読み上げたりはしないから、傍聴席から見ていてもどんな内容の書面が陳述されたのかわからない。その後は次回期日を決めて解散。*3
- 第2回期日は、「答弁書」により詳細な反論がなされた場合は原告のターン。逆に「答弁書」が形式的な内容にとどまる場合は被告のターンとなる。すなわち、最後に相手方の主張を受け取った側の当事者が、次回期日までの期間を自分のターンとして与えられる。
- 自分のターンの当事者は、次回期日までの間に「準備書面」という書面を作成して裁判所に提出する。自分のターンでない側の当事者は、何もやることがない場合が多い。
- 第2回期日以降で行なわれることも、基本的には第1回期日と同様。自分のターンだった側の当事者の提出した「準備書面」が形だけ「陳述」され、次は相手方のターンとなることが示され、次回期日を決めて解散。
このような進行となるので、当事者本人が出頭しても意味がないことはおわかりだろう。
自分のターンなら、提出する「準備書面」を自分の代理人弁護士と相談しながら作成し、その最終提出版の写しを受領しておけば足りる。
相手のターンなら、相手方から事前に届いた「準備書面」の写しを自分の代理人弁護士から受領し、その内容の真偽などについて打ち合わせをしておけば足りる。
2-2. 第1回口頭弁論期日に限れば代理人弁護士すら出頭しなくてよい
高須氏の件で先日開かれたのは第1回口頭弁論期日だ。
第1回口頭弁論期日に限っては、事前に書面だけ出しておき、代理人すら出頭しないことが認められている。
民事訴訟法 第百五十八条 (訴状等の陳述の擬制)
原告又は被告が最初にすべき口頭弁論の期日に出頭せず、又は出頭したが本案の弁論をしないときは、裁判所は、その者が提出した訴状又は答弁書その他の準備書面に記載した事項を陳述したものとみなし、出頭した相手方に弁論をさせることができる。
要するに、提出済みの書面を裁判所で形だけ「陳述」するという儀式をしなくても、第1回期日に限っては「陳述」した扱いにしてくれるわけだ。
この陳述擬制は、条文上は当事者双方に適用されるが、一方のみ欠席した場合に適用され、双方欠席すると期日を開催できないことから、実際上は被告側しか使えない手だ*4。
そして、被告側は第1回期日までに準備期間が足りない場合が多いため、形式的な「答弁書」だけ提出しておき第1回期日は本人も代理人も欠席、ということは、実際によく行なわれている。
ただし高須氏の件では、被告代理人は出頭したようだ。
3. 「被告が反論していない」という高須院長の主張はおそらく勘違い
高須氏は、第1回口頭弁論において被告が何ら反論をしていないと主張しているようだ。
しかしこれは高須氏の勘違いであろう。
僕の意見陳述の後、次回の公判期日が決められただけです。
— 高須克弥 (@katsuyatakasu) 2017年7月24日
僕の意見陳述だけで初戦は終了しています。
詳細な反論どころか被告人弁護士の主張はなんにも聞いていません。
民進党のコメントなるものは誰が出したものですか?
これ嘘ですよhttps://t.co/nJvXXXAgD4
この期日には被告代理人が出頭している。当然、事前に答弁書が提出されており、期日において「陳述」されたはずだ。したがって、被告が何らの反論もしていないという事は考えられない。
もっとも、前記のとおり答弁書はひとまず形式的な内容のものを提出する場合もあるから、どこまで具体的な反論がなされたのかははっきりしない。
しかし、民進党は「被告らは、本日の答弁で、原告が主張する名誉毀損が成立せず、原告の主張が認められないことを詳細に明らかにした。」とコメントを出している。
これは、答弁書が形式的な内容でなく、具体的な反論を記載したものだということを示している。このようなすぐバレる事項について嘘をつく実益がないことから、内容はともかく、具体的な反論をしたという点については民進党の言い分が正しいとみなしてよいだろう。何しろ、答弁書は高須氏にも直送されているはずである。
要するに、高須氏は、民事訴訟の通常の流れを理解せず、「法廷において口頭で被告と論戦をできる」というような誤解を抱いたまま法廷に出頭してしまったが、当てが外れたので不満を抱いているということになろう。
ところで、このような基本的なことについて高須氏が理解していないように見えるのは、弁護士からすると少し奇妙だ。普通なら高須氏の代理人弁護士が本人に説明しているはずだからだ。
何しろそんなに難しい話ではない。説明さえ受ければ、医師である高須氏の知性で理解できないことはないと思われる。高須氏が代理人ときちんとコミュニケーションを取れているのか、他人の事件ながら少々心配になってしまう。
4. (オマケ)高須院長の勝訴の見込みは薄い
さて、ここまで高須氏の件をダシに題材として民事訴訟手続の解説をしてきた。
最後に、手続面でなく内容面の話をしておこう。
法律実務家ならあまり異論がないところだと思うが、今回の訴訟で高須氏が勝訴する見込みはほぼないと思われる。
憲法51条の免責特権があるからだ。
憲法 第五十一条 両議院の議員は、議院で行つた演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。
この免責特権は、絶対的なもの(例外なし)と解するのが通説である。
憲法51条により個人責任の追及は絶望的なので、国家賠償請求が試みられたことはあった。しかし、最高裁は国家賠償請求についても、きわめて例外的な場合にしか認められないという立場をとった。
最判H9・9・9(民集51-8-3850)
国会議員が国会の質疑、演説、討論等の中でした個別の国民の名誉又は信用を低下させる発言につき、国の損害賠償責任が肯定されるためには、当該国会議員が、その職務とはかかわりなく違法又は不当な目的をもって事実を摘示し、あるいは、虚偽であることを知りながらあえてその事実を摘示するなど、国会議員がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とする。
国家賠償請求でさえこんなに高いハードルが課されているのに、あえて憲法51条の明文に挑戦して蓮舫氏と大西氏の個人責任を追及するのが高須氏の訴えである。
高須氏側に何か深い考えがあって勝算を持っているか、あるいは勝算以外の深い考えがあって勝ち負け度外視で提訴しているのかもしれないが、私だったら「勝てないからやめときましょうよ」とアドバイスする案件であるのは間違いない。
弁護士 三浦 義隆
おおたかの森法律事務所