IBMの解雇予告通知が,ネット上に晒され,話題になっているようです。
https://twitter.com/leokoichikato/status/400436825707139072
上記のツイートを書いた加藤公一レオ氏は,従業員を大事にする経営者なのでしょうね。IBMの冷たい仕打ちを嘆いています。
それはそれで良いことと思いますが,法律家としてドライに見ると,この解雇予告通知の内容は,特段問題のあるものとはいえません。大企業だけあって,過不足のない内容に仕上がっていると思います。
とはいえ,解雇予告通知の内容がおかしくないからといって,解雇自体が適法・有効と決まったわけではありません。
この解雇が適法・有効であるためには,解雇権濫用法理というハードルをクリアする必要があるわけですね。
これがなかなか高いハードルで,解雇はそう簡単に有効にならないことは前にも述べました(当ブログ過去記事)。
ところで,上記IBMの解雇予告通知を見ると,
「6月25日(予告通知が6月21日付なので,4日後)までに自ら退職の意思表示をした場合は,解雇を撤回して自己都合退職を認め,退職加算金も出すし再就職支援もする」
という趣旨の記載があります。
このように,解雇か自主退職かの二者択一を迫るという手法は,実務上よく見られます。
では,このような状況で,解雇を避けるため,泣く泣く退職届を出した労働者は,自ら退職の意思表示をした以上,泣き寝入りするしかないのでしょうか。
結論からいうと,労働者は,退職届を出してしまっても,後からその効力を争うことができます。
その際に法的根拠として用いられるのが,
1. 強迫による取り消し(民法96条2項)
2. 錯誤による無効(民法95条)
です。
強迫による取り消しとは,要は脅されてやむなく意思表示をしてしまったから,その意思表示を取り消しますという話です。
錯誤による無効とは,本来そのような意思表示をするつもりはなかったのに,間違えてしてしまったから,その意思表示は無効ですという話です。
で,使用者が「自主退職しなければ解雇する」と言ったために労働者が退職の意思表示をしてしまった場合,労働者が強迫による取り消しを主張するにしても錯誤による無効を主張するにしても,結局,主要な争点は
「使用者が本当に解雇していたとしたら,その解雇が解雇権濫用にあたらず有効と認められたか否か」
になってきます。
なぜかというと,
① まず,強迫についていえば,解雇する旨を述べて自主退職を迫るようなことは,通常は違法な強迫とされます。
しかし,既にその労働者を適法に解雇できる状況にあるような場合であれば,解雇という不名誉な処分を避け自主退職する選択肢を労働者に与えてやることは,むしろ労働者に有利な計らいです。だから違法な強迫とはいえないわけです。
② 次に錯誤についていえば,「解雇されると思ったから自主退職してしまった」というのは,使用者が解雇を強行してもどうせ無効になるような場合であれば,無効な解雇はないのと同じですから,労働者が「解雇されると思った」点に勘違い(錯誤)があることになるわけです。
逆に解雇が有効になるような場合であれば,退職しないと本当に適法に解雇されてしまうのだから,そこに錯誤はないわけです。
このような次第で,使用者はせっかく労働者を自主退職させても,それが解雇との二者択一を迫る方法によった場合は,労働者が後でその自主退職の効力を争ってくると,結局,解雇した場合と同様に,解雇権濫用法理のハードルをクリアしなければならないことになるわけなのですね。
前記のIBMの件でも同じです。
仮に,適法に解雇できるだけの条件が揃っていないのにIBMがこのような二者択一を迫ったのであるとするならば,労働者が退職届を提出しても退職の意思表示は無効になるし,提出しなかったからIBMが解雇しても解雇が無効になる,というわけです。
労働者の皆様は,もし雇い主から解雇と自主退職の二者択一を迫られる状況に陥ったら,絶対に即答せず,弁護士に相談することをお勧めします。
逆に使用者の皆様は,安易に解雇と自主退職の二者択一を迫るようなことは違法とされる可能性が高いので避けましょう。
一定の穏当な退職勧奨であれば適法になし得るので,これもやはり弁護士に相談しながら進めた方が良いと思います。