訴訟の一審の管轄は、請求額によって地方裁判所と簡易裁判所に分かれる。

例外もあるが、請求額が140万円を超える事件は地裁、140万円以下の事件は簡裁というのが原則的な振り分けだ。

先日、Twitterでこのようなアンケートをしてみた。

地裁派が圧倒的だ。閲覧用を除くと、地裁派が9割近くを占めた。

弁護士から寄せられたコメントもこんな感じ。

このように地裁派が圧倒的に多い結果になることは、アンケートをやる前からわかっていた。むしろ、思っていたよりは簡裁派が多いので少し驚いたほどだ。

多くの弁護士が、極力簡裁を避けて地裁に提訴しようとするのはなぜか。

その理由はいろいろあるが、最も大きいのは裁判官の質の違いだ。

簡裁判事の質は、通常の判事に比べると平均的に低い上にバラつきも大きい。したがって、簡裁に訴訟提起するとおかしな判断をされるリスクが高いからだ。

「簡裁判事」という用語は、単に「簡裁に所属する判事」という意味ではない。法律上、判事とは別の「簡易裁判所判事」という特殊な職名があるのだ。

実は簡裁判事は、司法試験に合格しなくてもなることができる。

一般の方はたいていこれを知らないから、言うといつも驚かれる。

裁判所法 第44条 (簡易裁判所判事の任命資格)

1  簡易裁判所判事は、高等裁判所長官若しくは判事の職に在つた者又は次の各号に掲げる職の一若しくは二以上に在つてその年数を通算して三年以上になる者の中からこれを任命する。

一  判事補

二  検察官

三  弁護士

四  裁判所調査官、裁判所事務官、司法研修所教官、裁判所職員総合研修所教官、法務事務官又は法務教官

五  第四十一条第一項第六号の大学の法律学の教授又は准教授

2  前項の規定の適用については、同項第二号乃至第四号に掲げる職に在つた年数は、司法修習生の修習を終えた後の年数に限り、これを当該職に在つた年数とする。

3  司法修習生の修習を終えないで検察官に任命された者の第六十六条の試験に合格した後の検察官(副検事を除く。)又は弁護士の職に在つた年数については、前項の規定は、これを適用しない。

第45条 (簡易裁判所判事の選考任命)

1  多年司法事務にたずさわり、その他簡易裁判所判事の職務に必要な学識経験のある者は、前条第一項に掲げる者に該当しないときでも、簡易裁判所判事選考委員会の選考を経て、簡易裁判所判事に任命されることができる。

2  簡易裁判所判事選考委員会に関する規程は、最高裁判所がこれを定める。

この裁判所法45条に基づき、裁判所書記官を長年務めた人が内部試験を経て簡裁判事に任命されている。

簡裁判事の判事の主な供給源としては、この書記官上がりルートのほかに、定年退官した元判事が任命されるパターンもある。(判事の定年は65歳なのに対し、簡裁判事の定年は70歳なので。)

ざっとググった限りでは統計データを拾えなかったが、元判事ルートよりも書記官ルートの簡裁判事の方がおそらく多いと思う。

つまり、簡易裁判所に訴訟を提起すると、司法試験に合格していない人に裁かれる可能性が高い。

判事の能力を担保しているものはいろいろある。

  • 司法試験に合格している。法律についての知識量はもちろんだが、体系的理解を要求されるのが司法試験だ。
  • 司法修習を経ている。司法試験合格後に、司法修習という国の研修制度がある(昔は2年間、今は1年間)。この司法修習中に、司法試験合格者の中でも裁判官の適性を有すると認められた者がスカウトされて判事補になる。判事補任官志望者にとって司法修習は、修習生を鍛えるという意味でも選別するという意味でも機能している。
  • 判事補時代に鍛えられている。任官から5年以内の判事補は、原則として単独で裁判をすることができない。だから、合議事件について、合議体の一員として裁判をすることになる。判事補は一つの合議体に同時に2人以上加わることもできないから、3人の合議体に判事補が1人いれば残りの2人は判事だ。このような環境で、判事補はみっちり鍛えられることになっている。

一方、書記官上がりの簡裁判事は、司法試験も司法修習も判事補時代も経ていないわけだ。

まあ、経歴はともかくきちんと裁判をしてくれれば文句はない。

しかし実際のところ簡裁判事は判事に比べて能力的に劣る人が明らかに多く、おかしな判断や訴訟指揮をされるリスクが高いことを、弁護士は経験的に知っている。

それが冒頭のアンケート結果につながっているわけだ。

なお、非公開アカウントなので紹介できないのが残念だが、「負け筋の事件なら簡裁に提訴。勝ち筋の事件なら地裁に提訴」という回答をくれた弁護士がいて、これには笑ってしまった。

たしかに、負け筋の事件で間違って勝つことができる可能性は簡易裁判所の方が高いといえそうだ。*1

あなたが訴訟を提起するとき、弁護士に依頼するならばその弁護士と相談して決めればよいが、本人訴訟をするならこれは頭に入れておいた方がいいかもしれない。*2

弁護士 三浦 義隆

おおたかの森法律事務所

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