日本の法律は、民事については弁護士を強制する制度をとっていない。だから交渉であれ裁判であれ、弁護士をつけずに自分でやることは自由だ。

紛争当事者の一方が弁護士を依頼すると、もう一方も不利になりたくないから弁護士をつけることが比較的多い。

しかし弁護士相手に自分でやろうとする当事者も珍しくないから、我々弁護士は、「相手方が弁護士でなく素人」という状況にけっこうよく遭遇する。

弁護士にとって、相手方が素人であることにはメリットもデメリットもある。

1.相手方が素人であることのメリット

相手方が素人であることの弁護士から見たメリットは、一言で

「相手が弱い」

に集約される。

相手方は素人だから何も知らない。法律も判例も、和解の相場も知らない。ネット等でいろいろ自分で調べてくる場合はあるが、素人は断片的な知識を仕入れてもこれを消化する能力がそもそもないから、ほとんど常に誤った理解しかしていない。

これはこちらが武器を持った状態で、手ぶら丸裸の相手をやっつけてよいと言われているようなものだ。大変有利な状況である。

ときどき「自分の依頼者の言い分ばかり聞いて、それでも弁護士か!けしからん!」というような突っかかり方をしてくる相手方がいるが、「それでも」弁護士なのではなくて、「それこそが」弁護士だ。

弁護士は中立な裁定者ではなく、当事者の一方の代理人である。相手が弱いならとことん弱みをついて、自分の依頼者に有利な解決を獲得するのが弁護士の責務だ。

だから、相手が弱い素人ならば有利になるから好都合。

このメリットは大きい。

これを当事者の側から見ると、相手方に弁護士がついた場合、一方的にやられたくなければ自分も弁護士をつけた方が無難ということだ。

2. 相手方が素人であることのデメリット

一方、相手方が素人であることの弁護士から見たデメリットは、一言で

「めんどくさい」

に集約される。

何しろ相手は素人だから話が通じない。法律論を言っても理解してくれないし、不合理な主張に固執するし、落としどころもわかっていないし、感情的になって電話でわめきちらしたりする。

このような相手との紛争は、どうしても紛糾しがちだし、長期化しがちだ。

双方弁護士がついての紛争が和解で解決するケースが多いのは、「訴訟で最後までやった場合の判決内容をある程度の精度で予測でき、そこから逆算して落としどころを見いだせる」という弁護士の能力に依存している。*1

どちらかの当事者がこの結論予測能力を持っていない場合、最後までとことんやるしかなくなってしまう可能性が高まる。

だから、弁護士にとって素人相手の紛争は非常にめんどくさい。

もっとも、「相手が弱い」というメリットを充分に享受できるケースなら、いくらめんどくさくても許せる。我慢すれば最後によい成果を得られるからだ。

しかし、世の中には、どちらが勝つ案件かあまりにも明らかであるため誰がやっても結果が大きく変わらないような紛争も多い。(例として、借用証書などの証拠が完全に揃っている貸金返還請求訴訟とか、長期間にわたる賃料滞納の証拠が揃っている建物明渡請求訴訟とか。)

その種の紛争においては、相手方が弱いことによるメリットが小さくなってしまうため、めんどくさいというデメリットが前面に出てくる。

そういうときは、「あの相手方、頼むから弁護士つけてくれないかなあ」と思うのが正直なところだ。

これを当事者の側から見ると、誰がやっても結論が変わらないような案件であれば、弁護士をつけずに自分で処理すれば弁護士費用が節約できるから、自分でやるという選択も合理的になりうるということだろう。*2

実を言うと、当事者の一方だけが弁護士をつけない案件は、けっこうこのケースが多い。素人の側が負けるに決まっているケースだ。

このようなケースでは弁護士に相談に行っても「どうやっても負けますよ」と言われるから、それで依頼を断念する場合も多いだろう。

その結果、「どうやっても勝ち目はないのに不合理な主張に固執して延々争う素人」という、弁護士を困惑させる存在が生じる。しかし勝ち目のない事件である以上、それも本人にとっては一つの合理的な選択だからやむを得ない。

ただ、一般の方は、そもそも勝ち目のある事件かない事件か判断する能力を持っていないと思われるから、依頼するしないは別として、相手方に弁護士がついている紛争が生じたら、一度は自分も弁護士に相談してみるべきであろう。

弁護士 三浦 義隆

おおたかの森法律事務所

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