日本の刑事裁判を語るとき、必ずといっていいほど持ち出されるのが「有罪率99.9%」とか「有罪率99%以上」というフレーズだ。
「有罪率99.9%」については、匿名弁護士の刑裁サイ太氏が以前ブログで検証していた。*1
この記事によるとどうも99.9%ではなさそうだが、99%台後半ということにはなるようだ。いずれにしてもきわめて高い。
このような高い有罪率は、それ自体問題ではある。
しかし、マスコミや一般の方が「有罪率99%」云々を、「いったん疑われたら確実に有罪まで持っていかれる」的なニュアンスで言っているのを見ると、弁護士としては違和感がある。
以下に述べるとおり、刑事手続の全体像を見れば、疑われた人の99%以上が有罪になるなどということは全くないからだ。
1. 無罪より不起訴で終わるほうが圧倒的に多い
(1) 起訴前に検察官が事件をふるいにかける
最も重要な点として、有罪率の分母・分子には、起訴されて裁判になった事件しかカウントされない。
日本の刑事訴訟法では、被疑者を起訴するかどうかは検察官が裁量で決めてよいことになっている。これを「起訴便宜主義」という。
刑事訴訟法
第247条 公訴は、検察官がこれを行う。
第248条 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。
検察官はしばしば無茶な起訴をすることもあるが、全体としては適切に裁量を行使しているケースの方が多いだろう。
この検察官の段階で、否認事件のうちある程度はふるいにかけられ、裁判所まで行かずに不起訴で終わる。
検察官が適切に訴追裁量を行使する限り、有罪率が高いのはある程度当たり前ともいえる。
極端な話、検察官が100%適切に起訴裁量を行使する架空の国家を想定すれば、有罪率は100%でも問題ないわけだ。まあ現実の国家ではそんなことはないから冤罪が生じるのだが。
(2) 起訴率は4割未満しかない
検察庁に送致された事件のうち、どれだけの割合が起訴されたかを示す「起訴率」という指標がある。
この起訴率は、ここ数十年にわたり一貫して低下傾向だ。
犯罪白書によると、1982年には57.5%だった刑法犯の起訴率が、2015年には39.1%まで低下している。
ところで、昔は、国選弁護制度は起訴後の被告人段階にだけ存在し、起訴前の被疑者は国選弁護人を付けることはできなかった。
2006年10月2日から法改正により被疑者国選制度が新設され、以後、被疑者国選対象事件の拡大を経て、現在では被疑者段階から弁護人が付くことが一般的になっている。*2
2017年現在、否認事件で被疑者段階から選任された弁護人がまず力を注ぐのは、とにかく不起訴に持ち込むことだ。
無罪判決は昔も今もレアだから、無罪を獲得した弁護人が賞賛されることは変わりない。
しかし、被疑者段階から選任された否認事件の弁護人がまず力を注ぐのは、とにかく不起訴に持ち込むことだ。
無罪判決を取るよりはずっと確率も高いし、裁判まで行かずに早期に終わるという点で被疑者の利益にもなる。
2. 有罪率の分母は自白事件も含んだ数字
次に、起訴されて裁判になった事件を見てみよう。
有罪率の分母は、被告人が罪を認めている自白事件も含んだ数字だ。
もちろん虚偽自白がなされるケースもあるから、自白事件なら冤罪が生じないとはいえない。
しかし、捜査段階でうっかり自白しただけならともかく、公判段階でも自白を貫いている事件なら、相対的に冤罪の危険性は低いといえるだろう。
前記のサイ太氏のブログによると、否認事件に限った場合の有罪率は97%台と推定されるようだ。
いずれにしても高いことは高いが。
3.まとめ
このように、日本の刑事裁判の有罪率が99%を超えている背景には、
- 検察官の裁量により不起訴で終わる事件が多いこと
- 有罪率の分母には自白事件を含むこと
という事情が存在している。
最近は一般の方も日本の刑事司法に問題意識を持ち、ネット上などで積極的に発言する人が増えた。それはよいことだと思う。
ただし、議論の前提として、本稿に述べたような事実はきちんと知っておく必要があるだろう。
弁護士 三浦 義隆
おおたかの森法律事務所