最近、主として弁護士業界外で、

「過払バブルの次は残業代バブルが来る」

などと言われているのをときどき目にします。

 過払バブルというのは、平成18年1月13日の最高裁判決以後、貸金業からお金を借りた人が払い過ぎた利息の返還を貸金業者に対し請求する過払金請求事件が、爆発的に増えた現象を指します。

 過払金請求事件は、

1 過払金発生の主張立証責任は請求する側にあるが、決定的な証拠となる取引履歴は業者に保存 義務・開示義務があるため、悪質な業者でない限り開示してくれる

2 過払金の計算には複雑な計算を要するが、専用ソフトを用いれば簡単にできる

3 (少なくとも過払バブル発生当初の平成18・19年頃の時点では)貸金業者の資金は潤沢である場合が多く、勝ちさえすれば回収困難となる心配はあまり大きくなかった

4 裁判所も、過払金請求訴訟の増加に対応して、定型的処理を進めた

等々の事情があって、弁護士にとり、比較的手間が少ない割に実入りの計算が立ちやすい類型でした。

(もっとも、過払金請求事件も、しっかりやると難しい法律上の争点等も多々あり、決して一部で言われているような、濡れ手で粟のラクな仕事などではありませんが。あくまで、他の弁護士業務と比較して相対的に、という趣旨です。)

 しかし、大手貸金業者が相次いで新規貸付利率を適法な範囲まで下げたこと(これにより新たな過払金の発生は減少した)、過去に発生した過払金も盛んな請求によって枯渇気味となったこと、貸金業者の経営難・倒産等により、過払金は存在しているのに実際上取り返せない場合も増えてきたこと等から、今や過払バブルはすっかり下火となっています。

 そこで、次に弁護士業界が目をつけるのが未払残業代請求事件だ、というのが、冒頭に書いた

「過払バブルの次は残業代バブルが来る」

という主張の趣旨なわけです。

 で、このような主張に対して、残業代請求をそれなりの件数やってきた私の見解ですが、結論的には

来るわけねーだろ

の一語に尽きますね。

理由は以下のとおりです。

①過払金ほど定型性が高くないし、立証も容易でない

 労働時間については、タイムカード等の勤怠記録があれば決定的な証拠となりますが、往々にして、大量のサービス残業をさせるようなブラック企業ほど、勤怠記録自体を残していなかったり、従業員に早く打刻させてから残業させていたり、ひどい場合には改竄していたりして、決定的な証拠がないケースが多くなります。そのような場合の労働時間の立証は、取引履歴さえ出せば概ね立証できてしまう過払金事件のように手軽にはいきません(言い換えれば、そこが弁護士の腕の見せどころではあります)。

 実際、私は残業代請求事件については、機械的な計算作業、ファイリング等の典型的な事務局仕事を除いて、ほとんど自分で抱え込んでやっています。定型性が高くないから、事務職員に投げられる部分が少ないわけですね。

②(手間がかかる割には)1件あたりの金額が小さい

 この点は、残業代の消滅時効が2年と短いため(労基法115条前段)、過去2年分までしか遡って請求できないことによります。

③権利があることを知っても請求をためらう人が多い

 まず、在職中の請求については、法律上はもちろんできるのですが、その後の会社内での立場等を考えると、事実上困難な場合が多いものと思われます。

 そこで残業代請求事件はほとんど退職後の請求となるわけですが、退職後とはいえ、かつて雇用関係という濃密な関係にあった元使用者に対し金銭の請求をすることは、法的には正当な権利行使と知っていてもためらってしまう人が少なくないようです。

 しかし、そうした慎み深い方でも、使用者が基本給すら支払わなかったらきっと怒って請求するわけで、支払うべき労働の対価を支払っていないという点では、残業代も何ら変わりはないんですけどね。だからどんどん請求すればいいし、請求すべきだと思いますが。

 ただ、私の意見は意見として、貸金業者に対する過払金請求よりも、元使用者に対する残業代請求の方が、一般の方から見て心理的なハードルが高いことはたしかなようです。だから、どんどん広告して、「あなたには請求する権利がありますよ」と周知したとしても、過払金ほどには事件は集まってこないでしょう。

 このように、次は残業代バブルだ!云々の話は誇大にもほどがあると思う次第でありますが、それはそれとして、サービス残業問題は、現状では泣き寝入りしている労働者が多く、当然の権利行使をする人が増えれば仕事も増えるので、弁護士業務としても、一定の潜在的需要がある分野なのはたしかだと思います。

 私としても、残業代請求を含む労働事件には今後とも力を入れていくつもりですので、お困りの方はお気軽にご相談ください(宣伝)。

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