司法書士の及川修平氏が書いた「なぜプロ野球選手は乱闘をしても逮捕されないのか」というブログ記事がハフィントンポストに掲載され、弁護士たちを困惑させている。
司法書士は基本的には登記の専門家だ。法律上は弁護士も登記業務をやってよいことになっているが、普通はやったことがないから実際上はできない。登記に関しては司法書士が最も頼りになる専門家といっていいだろう。私もしばしば司法書士の先生に登記をお願いするし、登記の専門家として敬意を持っている。
また、司法書士は、法務大臣の認定を受けた場合は、簡易裁判所の管轄の事件に限り民事訴訟の代理もできる。この点で部分的に弁護士と競合する。
しかし司法書士が刑事弁護をすることは一切認められていない。
そのような司法書士が、刑事法について専門家であるかのような体で一般向けに解説する記事を書くということ自体、弁護士から見るとやや違和感のある話だ。
ただし、司法書士試験の試験科目には一応刑法もある。
例えば「日商簿記2級保持者」という肩書の人が会計理論について解説してはいけないかというと、絶対にいけないとまでは言い切れないだろう。そんな人が本当にいたら「マジかよ」とは思うが。
こう考えると、司法書士の肩書で刑法の解説をすることもダメとまでは言いにくいかもしれない。「マジかよ」とは思うけどね。
しかしこの記事は内容がダメだからどっちにしてもダメだ。素人水準と言わざるを得ない。
同記事を要約・引用しながら、適宜コメントを付してみよう。青字が要約・引用部分。
・プロ野球の乱闘で逮捕者が出ないのはなぜか。
→特に誤りはない。
・外科手術や格闘技などは、形式的には傷害罪などに該当するが、正当な業務行為という法理により適法となる。
→特に誤りはない。ただし及川氏が正当業務行為の根拠条文(刑法35条)を示していないのは法律家としては奇妙だ。
・しかしプロ野球の乱闘は本来「業務」とはいえないので、一般人のケンカと同様、刑事罰の対象となってもおかしくない。
→特に誤りはない。
・なぜ暴行罪や傷害罪とならないかということについては、プロ野球が「興行」という側面を持つもので、この乱闘というものもある種の見世物的な意味合いとして世間一般に受け入れられているからだろうと考えられる。
→ちょっと何を言っているのかよくわからない。
乱闘の殴る蹴るが、暴行罪や傷害罪の条文が定める要件(法律用語で「構成要件」という。)に該当することは疑いがない。
構成要件に該当する行為は原則的には違法だ。例外的に、正当業務行為などの適法になる事由(法律用語で「違法阻却事由」という。)がある場合だけ適法となる。
及川氏は、前の段落で、乱闘は正当な業務行為ではないと述べていたように読める。それなら素直に考えると違法なはずだ。
それなのに、興行の一環として世間に受け入れられているから云々といった理由で暴行罪や傷害罪にあたらないというのはどういうことか。前段と矛盾しているのではないか。
百歩譲って矛盾していないとしても、「興行の一環として世間に受け入れられている場合は正当業務行為でなくても適法とする」という規定も理論も刑法にはないから、乱闘が適法であることの法律的な説明になっていないと言わざるを得ない。
これを強引に好意的に解釈して、法的な説明となるように読んであげるとすれば、「乱闘は一見正当な業務行為ではなさそうに見えるが、興行として世間に受け入れられているから、実は正当な業務行為である」という読み方が考えられる。
また、刑法に明文の規定がない、いわゆる「超法規的違法阻却事由」にあたるのだと主張している、という読み方も考えられる。
しかしこれらは国語的には導き出されない読み方だろう。結論として正当業務行為であるとも、超法規的違法阻却事由であるとも、及川氏の記事のどこにも書いてないからだ。
及川氏が、主観的には「乱闘は正当業務行為である(または超法規的違法阻却事由である)」という主張を書いたつもりで、客観的にはあのような文章になっているなら、日本語の作文能力に問題があると言わざるを得ないだろう。
以上でコメントは終わり。
最後に、乱闘における暴行傷害等について私見を述べておく。
あれは普通に違法だし犯罪だと思うよ。
ただ事実上立件されることなく放任されているだけだと思われる。
理論的に犯罪であることと実際に立件されることとの間にはかなり距離があるが、その距離の認識がないので「立件されない以上は適法なはず」と考えてしまったことが、及川氏の間違いの始まりだったのではないか。
弁護士 三浦 義隆
おおたかの森法律事務所