1. 性的意図必要説に立つ判例は変更される可能性が高い
強制わいせつ罪の成立に、「性欲を満たす意図」が必要かどうか争われた刑事裁判で、最高裁大法廷が弁論を開くことを決めたようだ。
大法廷が弁論を開くのは判例変更等がなされる場合であるため、従来の判例が必要としてきた「性欲を満たす意図」を不要とする判断が出る可能性が高い。
以下、一般の方向けに簡単に解説する。*1
2. 従来の判例の立場は性的意図必要説
従来の判例は、強制わいせつ罪の成立には、通常の犯罪で要求される「故意」に加えて、「その行為が犯人の性欲を刺激興奮させまたは満足させるという性的意図のもとに行われること」が必要であるとしてきた。*2
性的意図必要説に立つ判例によると、女性を脅迫し裸にして、その立っているところを撮影する行為でも、その行為が専ら報復・侮辱・虐待の目的によっているときなどは、強制わいせつ罪は成立しないとされる。*3
3. 従来の判例に対する批判など
この判例に対しては、学説上は賛否両論があった。
判例に反対する見解は、主として以下のように主張してきた。
- 強制わいせつ罪は性的自由を侵害する罪である
- したがって強制わいせつ罪の主観的要件としては、性的自由を侵害する行為であることを認識・認容していれば足りる、つまり故意があれば足りると解するべきである
- 強制わいせつ罪に限って故意を超えた主観的要件を付加すべき理由はない
犯罪は、故意犯処罰が原則とされている(過失犯処罰は例外的だし、かつ刑も軽い)。
故意犯の「故意」の定義にも争いがあるが、一般の方はさしあたり「犯罪の客観的構成要件*4を認識・認容すること*5」と考えておけばよいだろう。
犯罪の客観的構成要件とは、例えば殺人罪なら、簡単にいうと「人を殺すこと」だ。*6
強制わいせつ罪の客観的構成要件は、条文上は「わいせつな行為」をすることだ。「わいせつな行為」とは、抽象的に言えば被害者の性的自由を侵害する行為である。具体的には、例えば「乳房を揉む行為」などがこれにあたる。
強制わいせつ罪も故意犯だから、例えば被害者の乳房を揉んだとして強制わいせつ罪に問われた場合、乳房を揉むことの認識・認容がなければ有罪にならないことは当然だ。この点では他の犯罪と変わりがない。
しかし従来の判例は、強制わいせつ罪については故意を超えて、その行為が犯人の性的意図を持って行われること、すなわち、例えば「自らの性欲を満足させるために乳房を揉むこと」まで要求してきたわけである。
よって、私が素人なのに知人の女性の乳がんの触診をしてやると言って、もっぱら真摯に触診する意図で、同意なく女性の乳を揉んだ場合は強制わいせつ罪にはならない。より軽い暴行罪にとどまる。*7
このように、客観的には性的自由を侵害する行為を故意に行なっているのに、犯人の意図によって強制わいせつ罪が成立したりしなかったりするのは不合理ではないかということで、性的意図必要説に対しては批判が強かったわけである。*8
ただし性的意図必要説にもそれなりの理由はある。性的意図必要説の代表的な理由付けとしては、
- 医師による内診など、客観的には強制わいせつ行為と区別できない行為を強制わいせつ罪から排除することによって、処罰範囲を限定する必要がある
というのがある。
しかしこの理由付けに対しては、
- 医師による内診などは、正当業務行為や被害者の同意により違法性が阻却されると考えればよい(手術は傷害罪の構成要件には該当するが違法性が阻却されるのと同じ)。強制わいせつ罪だけ特別の要件を付加しなくても処罰範囲の限定はできる
という反論も可能だ。
このように見解が対立している論点だが、実務家としては、さしあたり判例を前提として仕事をするしかない。
来るべき最高裁の判断には注目している。
弁護士 三浦 義隆
おおたかの森法律事務所