中央大学法科大学院教授(商法学)で弁護士登録もしている野村修也氏が、何日か前に痴漢被疑対策の件で日テレに出て話をしたようだ。

かつて存在した大学教授の特例制度で弁護士登録したから司法試験に合格しているわけではない野村氏は、名門中央大学のロースクールで教授を務めるくらいだから商法学者としての実績は充分なのだろう。

しかし、野村氏はよく知りもしない商法以外の分野に「弁護士」の肩書きでコメントするから、ちょっぴり迷惑な人として当業界では知られている。

私も1ヶ月ほど前にこんな記事を書いた。

miurayoshitaka.hatenablog.com

そんな野村氏が痴漢事件の刑事弁護をしたことがあるという可能性はあまりないように思う。

まあ経験がないとしてもテレビで話した内容が正しいなら別に問題はないが。

実際このような評もあったが、仮に私のブログを含めた弁護士界隈の意見のパクりであっても、内容がよいなら一向に差し支えない。調べもせずに誤りを書くよりはずっとよい。

むしろ私は、正しい知識を広めたくて痴漢関連のブログを書いたのだから、野村氏のような著名な方が参考にしてくれるなら歓迎だし。

しかし、今日ようやく動画を見てみたところ、「ダメだこりゃ」と言わざるを得なかった。

www.news24.jp

以下、野村氏のコメントを要約しつつ添削してみる。

いつも学生の添削をしているだろうから、たまには添削されてみるのもいいだろう。

(1) のむしゅー先生の見解1

絶対に線路に立ち入って逃げるな。電車にはねられる危険、鉄道営業法違反、鉄道会社からの損害賠償請求といったリスクがある

【添削】

これ自体は誤りではないが、そんなことは誰でも知ってるし昔から変わらない。

10年くらい前には弁護士でも「逃げろ」と言う人が結構多かったが、事故死とか鉄道営業法違反とか損害賠償請求とかのリスクは当時も変わらずあった。それでも長期勾留のリスクなどと天秤にかけると、いちかばちか逃げた方がまだ合理的という判断が昔はあり得たわけだ。

だから、昔と今との差分を説明しない限り「逃げる」派を説得することはできないが、野村氏のコメントには差分の説明が皆無なのだ。

あと、線路に立ち入らずに駅構内を走って改札から逃げるという選択肢には言及されてないけど、それはどうなるの?

そして、あなたどうして別の罪とか損害賠償とか、痴漢事件と直接関係ない「おまけ」みたいなリスクだけ語ってるの?

「逃走することによって、後に捕まったときに勾留リスクが増す」という、同一の痴漢事件内で更に不利益な扱いを受けるリスクの話が本筋じゃないの?

のむしゅー先生の論拠だけだと、そんなおまけ的リスクならいっそ負っても勾留リスクを避けた方がいいだろうから、今でも「逃げろ」が説得力を持つということになっちゃうんじぇねえの。

(2) のむしゅー先生の見解2

駅事務室には行くな。行くと現行犯逮捕という扱いになる。そして逮捕後は、場合により最大20日間勾留される

【添削】

これ自体も明らかな間違いは言ってない。でも、ここが野村答案の致命的なところだと思う。これだけで一発不合格というレベルに致命的。

「場合により最大20日間勾留される」というのは間違いではない。でも、重要なのは「場合により」の内実。

痴漢事件で否認をすると、昔はたいてい勾留されていた。でも今はたいてい勾留されない。

この差こそが、「昔は逃げることも合理的だったかもしれないが今ではそうではない」という主張の論拠たりうる。だから私も、ブログでもマスコミ対応でもさんざんそこを強調してきた。

病気にたとえると、結核の死亡率が昔と今とで大きく違うようなものだと思う。

もちろん結核は、昔も今も怖い病気で「場合によっては」死ぬ。しかし死亡率は格段に低くなった。

「場合によっては死ぬ」とだけ述べたところで情報量はゼロに等しいし、結核になった段階で悲観して自死するといった不合理な行動を止めるだけの説得力もない。

(3) のむしゅー先生の見解3

「駅事務室に行かず弁護士を呼べ」

【添削】

ここも、これ自体は間違ってない。

でも、そもそも野村氏は前段で「逃走すべきでない」ということを全く論証できていない。

だから、「いや、駅事務室に行かないのはわかったけど、その場にとどまって弁護士呼ぶなんて面倒なことするより逃げたらよくね?」で終わりだと思う。

【総評】

予習をした努力は買えるが、最も重要なポイントを落としたため全体が台無しになっており、こういう答案をどう評価するかというのは赤ペン先生として悩むところだ。

台無しだから0点という評価もありうるし、努力を買って70点くらいという評価もあり得る。

まあ間をとって35点くらいにしておこうか。

弁護士 三浦 義隆

おおたかの森法律事務所

http://otakalaw.com/