先日twitterで、匿名医師アカウントのEARL氏(@DrMagicianEARL)が、同じく医師の内海聡氏が内容虚偽の診断書を作成した場合には公文書偽造罪が成立するという趣旨のツイートをしていた。
え?これ、ワクチンも打ってないのに内海聡に「ワクチン接種済み」の虚偽診断書を作成してもらいに行ったってことかしら?それで作成してもらったんだったら公文書偽造罪にあたるよそれ pic.twitter.com/qMhlsEzlS9
— EARL⊿ 桜あった (@DrMagicianEARL) 2017年4月14日
しかし、公文書とは、公務所または公務員の名義で、その作成権限に基づき作成される文書のことだ。
私立病院の医師であれば、その作成する診断書は公文書ではないから、公文書偽造罪(虚偽公文書作成罪)は成立しない。
内海氏は公立病院勤務ではないようなので、同氏作成の診断書は公文書にあたらず、虚偽公文書作成罪は成立しません。ただし公務所に提出すべき診断書に虚偽記載をすれば虚偽診断書作成罪にはなります。公務所以外、例えば患者の勤務先企業とか私立学校に提出する診断書なら虚偽を書いても不可罰。 https://t.co/UBu7ebRX4M
— ystk (@lawkus) 2017年4月14日
しかしEARL氏が勘違いしたのも無理からぬところがあると思う。
医師の診断書の偽造や虚偽記載について、所属先が公立か私立かで刑法上の扱いが異なるというのは、常識に反する面があるからだ。
以下簡単に刑法の解説をしてみる。
文書偽造には、有形偽造と無形偽造がある。
有形偽造というのは、平たく言えば文書の作成名義を偽ること。他人になりすまして文書を作成する場合が典型。
無形偽造というのは、平たく言えば文書の内容を偽ることだ。
そして、
公文書は有形偽造も無形偽造も処罰される
私文書は有形偽造しか処罰されない
というのが現行刑法の原則である。
言い換えると、
私文書に嘘を書いても、名義さえ偽っていなければ処罰されないのが原則
ということだ。
しかも、同じ有形偽造(名義の偽り)でも、公文書の場合は私文書よりも法定刑が重い。つまり重罪である。
(公文書偽造等)
第百五十五条 行使の目的で、公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した公務所若しくは公務員の印章若しくは署名を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造した者は、一年以上十年以下の懲役に処する。
2 公務所又は公務員が押印し又は署名した文書又は図画を変造した者も、前項と同様とする。
3 前二項に規定するもののほか、公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造し、又は公務所若しくは公務員が作成した文書若しくは図画を変造した者は、三年以下の懲役又は二十万円以下の罰金に処する。
(虚偽公文書作成等)
第百五十六条 公務員が、その職務に関し、行使の目的で、虚偽の文書若しくは図画を作成し、又は文書若しくは図画を変造したときは、印章又は署名の有無により区別して、前二条の例による。
(私文書偽造等)
第百五十九条 行使の目的で、他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造した者は、三月以上五年以下の懲役に処する。
2 他人が押印し又は署名した権利、義務又は事実証明に関する文書又は図画を変造した者も、前項と同様とする。
3 前二項に規定するもののほか、権利、義務又は事実証明に関する文書又は図画を偽造し、又は変造した者は、一年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。
私的な手紙などに嘘を書いたくらいでいちいち処罰するのはやり過ぎだろう。勿論、嘘の手紙で金銭等をだまし取れば詐欺罪が成立する等、他の犯罪にあたる場合は別。
一方、公文書は類型的に社会的信用が高いし、その信用を保護する必要も高いから、嘘を書いただけでも処罰した方がいいだろう。
このように、公文書と私文書で刑法上の扱いが異なることは、一般的には社会通念にも合致する妥当な取扱いだと思う。
ただし例外的に、私文書でも類型的に社会的信用が高く、その信用を保護する必要が高いような文書はある。診断書などその典型だろう。
しかも病院には公立も私立もあり、所属病院が公立か私立かで医師の仕事が異なるわけでもない。
仮に上記の原則どおり、医師が診断書に嘘を書いても公立なら処罰されるが私立なら全く処罰されないということになると、これはいかにも不合理であろう。
そこで医師の作成する診断書等については特別の規定が置かれている。
(虚偽診断書等作成)
第百六十条 医師が公務所に提出すべき診断書、検案書又は死亡証書に虚偽の記載をしたときは、三年以下の禁錮又は三十万円以下の罰金に処する。
ただし、この規定によっても、虚偽診断書作成が、公立の医師でも私立の医師でも同じように処罰されるというわけではない。
①まず、処罰対象となる診断書等が、「公務所に提出すべき」ものに限定されている。
つまり、私立の医師が作成した診断書に嘘を書いた場合、それが役所に提出する診断書なら処罰されるが、私人に提出する診断書なら処罰されない。
例えば保険会社に提出する診断書なら嘘を書いても刑法上はセーフ。
患者が通学する学校に提出する場合だと公立学校ならアウトだが私立学校ならセーフ。
患者の勤務先に提出する場合でも患者が公務員ならアウトだが一般企業勤務ならセーフ。
やはり不合理さが残る感じは否めない。
②虚偽公文書作成罪と虚偽診断書等作成罪では法定刑が異なる。
公立病院の医師が虚偽診断書を作成すると、診断書は普通は有印だろうから、1年以上10年以下の懲役(刑法156条・同155条1項)。
私立病院の医師が虚偽診断書を作成すると、3年以下の禁錮または30万円以下の懲役(刑法160条)。
私立の方がずいぶん軽い。
このように、現行法上、診断書に嘘を書く行為の取扱いは、医師の所属先が公立か私立かで大きく異なる。
そのことが常識に反し不合理な面があるのは前述のとおりで、立法論としては扱いを統一する方が望ましいのではないかと思う。
弁護士 三浦 義隆
おおたかの森法律事務所