また警察絡みで「これはひどい」という情報に接した。

毎日放送という関西のテレビ局が、昨日放送したニュース番組だ。 

リンク先の動画を要約しておく。

伊豆丸精二という人が電車内で痴漢の疑いをかけられて被害女性から腕をつかまれ、駅事務室に行ったところ、警察官がやってきた。

伊豆丸氏はICレコーダーで警察官とのやり取りを録音し、この録音が番組中で流されている。

警察署への同行を求められた伊豆丸氏は、「自分は現行犯逮捕されていないということでいいか」「任意の事情聴取のために警察署に同行するのか」ということを警察官に繰り返し確認した。

警察官は「そうです」などと答えた。

そこで伊豆丸氏が警察署に同行したところ、警察署にいた別の警察官は、伊豆丸氏に対し「あなたはもう逮捕されている」という趣旨のことを告げ、手錠と腰縄をかけた。

「話が違う」と抗議する押し問答の中で、警察官は「刑訴法上の話なんかどうでもええねん」とも言い放っている。

「警察官は偽証のプロであるという認識は多くの弁護士に共有されている」ということを先日のエントリで書いたが、より広く言えば警察官は「嘘のプロ」だ。それが裁判の場では偽証になるという話。

だから私は警察官の嘘など珍しいとも思わないが、任意同行といって同行しておきながら、「ざんねん実は逮捕でした」というのはあまりにもひどい。

ひどいのは間違いないが、これは法律的には微妙な問題を含んでいると思う。

この件は、警察官が駅事務室にやってきた当時、客観的にみて同氏が既に逮捕(私人による現行犯逮捕)されていたのか、それともされていなかったのかによって、法的な評価が大きく異なると思われる。

以下、場合ごとに分けて考察する。

1.  現行犯逮捕されていなかった場合

まず、伊豆丸氏が客観的には現行犯逮捕されているとはいえない状況だった場合を考えてみよう。

この場合は文句なしに逮捕は違法だ。

なぜならば、被害女性による現行犯逮捕がなされていなかった以上、後に警察署で手錠腰縄をかけるなどした警察官の行為を逮捕行為と見るしかない。

しかしこの時点では時間的にも場所的にも犯行から離れすぎているし、犯行を現認した人(被害女性)もその場にいないから、現行犯逮捕の要件はどう考えても満たさない。

現行犯逮捕の要件を満たさないのに逮捕するなら逮捕令状が必要だが、令状もない。

したがって、単なる違法な無令状逮捕ということになるからだ。

2. 現行犯逮捕されていた場合

一方、警察官が来た時点で、客観的には伊豆丸氏が現行犯逮捕されていたと評価できる状況だった場合はどうか。

すなわち、客観的には逮捕されているのに、警察官が誤って、あるいは故意に嘘をついて、「あなたは逮捕されていないから任意同行だ」と真実に反する発言をして連行した場合である。

この場合、仮に誤認逮捕であっても、通常は、被害女性による現行犯逮捕は適法だ。

適法に逮捕されている以上、逮捕後に警察官が「署に来て下さい。任意同行です」などの詐術的言動をしたからといって、適法だった逮捕が遡って違法になるとは考えにくい。

したがって、この場合は逮捕は適法と考えるのが素直だろう。釈然としない気持ちが残るのは否めないが、論理的にはそうなりそうだ。

3.伊豆丸氏の件は結局どちらか

以上、伊豆丸氏が現行犯逮捕されていた場合とそうでない場合に分けて論じてきたが、実際のところ同氏の事案はどちらなのか。

これは私も証拠を見ているわけではないから断定できない。

しかし、「女性から腕をつかまれた」「駅事務室に行った」などの伊豆丸氏自身の主張を見ても、私人による現行犯逮捕は完了していたという評価の方が素直なように思う。

そうすると、逮捕は適法だった可能性が高いように思われる。

しかし伊豆丸氏は、逮捕も勾留も違法だったとして国家賠償請求訴訟を提起済みのようだ。

私はテレビ放送の動画を見たにすぎない。当事者しか持っていない証拠も当然あるだろうから、この国家賠償請求訴訟の帰趨は正直わからない。

いずれにしても「警察官が任意同行であるとの虚言を弄して被疑者を同行させた挙句、結局逮捕した」という事案の司法判断がどうなるかは興味深い。

続報を楽しみにしている。

4. 【補足】誤認逮捕も適法な理由

「誤認逮捕であっても通常は適法だ」と上述した。

「誤認逮捕が適法なんてそんな馬鹿な」と思う人もいるかもしれないが、これは法の建て付けからすると当然の話である。

「無罪推定」という言葉を聞いたことがある人は多いと思う。被告人が有罪であるか否かは判決が確定して初めて決まるから、判決確定までは罪人として扱われないという原則のことだ。

誤認逮捕も通常適法とされるのは、この無罪推定に立脚する刑事訴訟制度から当然出てくる帰結である。

有罪か無罪かは裁判で初めて決まる以上、逮捕は被疑者が罪人であることを意味しない。むしろ、罪人か否かを決める裁判の準備をするために逮捕が必要とされるのだから。

したがって、真っ黒でなくてもある程度疑わしければ逮捕されることがあり得る。これは刑事訴訟法自身が予定している当たり前の話でしかない。

一般の方はこの点を勘違いしていて、「誤認逮捕は許されない」と素朴に思っているケースが多いように感じる。

弁護士 三浦 義隆

おおたかの森法律事務所

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